私がこの数年頑張ってこられた2つの風景がある
おはようございます。まるです。
GWになると必ず思い出す風景があって、それが甥の最後の試合です。
今からちょうど4年半前の2017年10月30日と、3年前の2019年5月1日に、それぞれの甥の高校最後の部活の大会がありました。
双方とも当時、宇多田ヒカルの歌が流行ってたのもあり、曲と大会のときの風景がリンクするんですが、
今日他のことを調べていたときにYouTubeで宇多田ヒカルの曲にたどり着き、「そういえば3年前もGWだったな…」って今年も思い出したんですよね。
(当時に思ったこともそれぞれブログに書いてます。)
で、特に4年半前のときに感じたこととして強烈に覚えているのが、
「あんなに生活のすべてを捧げてきた甥なのに、なぜ途中で負けて終わらければならないんだ」という怒りにも似た悔しい感情でした。
最初は、甥を認めてくれない(と思い込んでた)世界への怒りだったんだよね。
彼はもっと上へ行ける人なのに。
人生をあんなに捧げてきたのに。
どうして勝たせてあげられないんだろう!
…でも、途中から気づいてた。それは自分への不甲斐ない、情けなさへの怒りでもあると。
私も部活は9年同じスポーツをやってきたけど、彼ほど生活すべてを部活中心にするほどストイックじゃなかったし、30代半ばまで真剣に生きてこなかった。
私は彼の倍の年数は生きてるのに、何やってるんだろう。
なんかいろんな感情がないまぜになって、努力って何なんだろうとか、報われるって何だろう、私は本当はどうしたかったんだろう…と、怒りと情けなさを抱えたまま4年半ずっと考えてきました。
同時に、私が人生でやりたいことリストに入れた「甥に尊敬される人間でいる」とは、どういう状態なのかもずっと答えが出なかった。
…
だけどここでようやく、4年半経った今、答えを出せそうなんです。
まとめ
それはきっと、今回の転職が正式に決まったとき。
人生で真剣に生きるようになったこと
勉強でコツコツ努力してきたこと
それが今、報われそうになっていること
「こういう人間でいたい」という姿に近づけそうなこと。
英語に興味を持っている甥にだからこそ、私は「今からでも始めたら報われるときがくる」と伝えたいのかもしれない。
それを自分自身が体現することで証明したいのかもしれない。
もちろん甥は私が数年前からそんな気持ちを勝手に背負ってるなんて知らないし、これからも言う気はありません。
ただ、私が、あのときの試合を見なかったらここまで頑張ってこれなかったかもしれないな、
あの瞬間がすべての原風景だったかもなと思うんです。
答え合わせは、もうすぐそこ。